経済的な閉塞感が市場の活性化を停滞させている。国民はこの国の将来に対する不安から、出来る限り消費を抑え、自身にとって本当に必要なもの以外に対してはなるべく出費しないよう意識している。自らが必要とする「価値」において同じ性能を持ったものならば出来る限り安いものを求めるようになり、それ以外の価値的要素は副次的なものであるとみなすようになったのだ。そのため、価格競争が極端に強まり、ある製品やサービスの価格下落のスピードは従来よりも加速しているようにみえる。いまの企業による「新」製品のリリースのスピード、より正しくいえば新たな価値を持った製品やサービスを世に提示するスピードは、ある製品の価格の下落のスピードの加速に追いつくことができなくなった。その結果、企業はこれまでのスキームでは安定的な収益が上げられなくなってきている。そして企業は、安易にコスト削減による見かけ上の「成長」にシフトすることを選んでいる。価格以外の副次的な価値は徐々に切り捨てられ、差別化がなされなくなる。そして消費者はもっと比較の軸に価格を据えるようになる。
 経済的な閉塞感とその根底にある将来に対する不安は、国家財政についてのものが大きい。いわゆる「国民の借金」が日々増えてゆき、最後には自身に降りかかってくるかもしれないとなれば、またいつこの国の経済が「崩壊」するか判らないとなれば、国民が自己防衛のためにできる限りの蓄えを持とうとするのは当然である。国民は自己防衛のため、自らにとって真に価値あるものとそうでないものを取捨選択するようになる。
 そのように考えれば、消費者の価値観を適切に刺激できていないことが不況を脱することのできない原因の一つであるといえよう。すなわち、イノベーション――ここでは「技術革新」そのものを指すのではなく、ある製品やサービスを享受する人の生活スタイルのある側面を抜本的に変え、それが社会的な潮流とみなされるようになることを指す――の発生するスピードが社会の変化のスピードに追いついていないことが原因の一つである。それではイノベーションの発生する社会をもたらすにはどうすれば良いのか。あるモノはそれが世に物理的に存在することで即ち価値を持つのではなく、それが顕在化しているかそうでないかを問わずある人や集団のニーズを充足することで価値を持つ。つまりは、科学の発展そのものが社会を活性化するのではなく、科学の発展により現れたものによって市場のニーズが充足されることでようやくそれは世の中において真に価値を持つようになるのである。科学の発展はイノベーションの最大の要素ではあっても、必要条件でもなければ十分条件でもない。キーになるのは市場である。イノベーションの発生しやすい社会をもたらすには、まずは市場が何を欲しているのかを予測し、方向性を定め投資していくことでイノベーションはより活発化することを意識しなければならない。
 国家財政を立て直すことで国民の不安が軽減され、財布の紐が緩むのであるとすれば、まずもって国家財政の立て直しを考えなければならないともいえよう。その手段としてもまた、先に述べたようにイノベーションを興す環境を整えることが肝要である。言うまでもなく企業活動が活発化すれば、収益は増す。魅力的な価値あるものには、消費者は出費する。自身の「必要(ニーズ)」が充たされることにはお金を出すのである。増税によって財政立て直しを行おうとしても、国民の消費意欲は減るばかりでうまくいくはずがない。財源を現在のパイのなかで視てはならない。企業自らが新たな価値を生み出し、消費行動を活発化されられるような法、制度、インフラなどを整えなければならないのである。イソップ寓話の「北風と太陽」さながら、人間はその自由意志によってお金を無理に奪おうという動きに対しては抵抗するものである。人間は「暑いからコートを脱ぐ」ものであり、欲求を充足させる仕方を検討しなければならないのである。野村総合研究所も指摘しているように、1500兆円の個人の金融資産のうち、わずか1%である15兆円が消費に回れば、経済成長率は3%押し上げることができる。そのわずか「1%」の消費行動を、イノベーションを興すことで生み出さなければならない。
 しかしながら、イノベーションを恣意的に興そうとすることは危険である。「イノベーション」とは経済学者シュンペーターが最初に提唱した概念であり、彼は、経済の発展は漸進的なものではなく創造的な活動によって飛躍的に進むとしたうえで、経済活動の仕組みを抜本的に進化させるために生産手段や資源や労働力などを今までとは全く異なる仕方で「新結合」することであるとした。彼のイノベーションは「創造的破壊」と過去からの断絶を特徴とし、非効率な古いものは効率的な新しいものによって駆逐されていくことで経済発展し、ゆえに過去にあったものとは連続性を持たないという考え方を持つものであった。これに対しピーター・ドラッカー――彼はエドマンド・バークを父祖とする伝統的な保守主義を標榜する――は『イノベーションと企業家精神』にて、シュンペーターの「イノベーション」の弱点について指摘している。曰く「既存の企業、特に大企業の急激な崩壊、すなわちシュンペーターがいうところの『創造的破壊』は、それだけでは、雇用上、金融システム上、社会秩序上、そして政府の役割上、深刻な社会的脅威を招きかねない。」ドラッカーは社会を急激に変革させることが秩序を破壊することに繋がるという懸念を持っていたのである。そしてドラッカーの社会的イノベーションは、過去からの断絶をいうのではない。彼は、社会の急激な変化を機会と捉え、それに対応することをあるべき「イノベーション」であると考える。ドラッカーの「イノベーション」とは、市場や社会を分析したときに、旧来のモノ、捉え方、しくみ、機軸、構造ではそれに適応できない「すでに起こった変化や起こりつつある変化」があるとき、すなわちそれらが市場や社会において陳腐化したとき、新たな価値を持ったものを投入し、市場や社会に対応することなのである。決して自らの手で積極的に変化を起こし、秩序を破壊することではない。私たちに出来るのは、変化を認識し、その先頭に立つことだけである。変化を捉え、それに対応することでイノベーションを興す方法を具体的に考えなければならない。
(文責:遠藤司)

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