「活性化」とは、あるものに刺激を与えることでそれまでの使われていなかった状態から使える状態へと変化させることである。それゆえ地域活性化の第一義的な意味は、地域のいまある素材をどのように活かすかを考え、実際に行うことである。それはつまり「地域の内在的な良さを活かすこと」である。地域活性化は、経済的な豊かさの追求とは性質を異にするものであり、地域的基盤の上に何を構築するかを論じるよりも前に、地域的基盤そのものをいかにつくり上げるかを、その地域の歴史的、地理的、文化的、風土的特性を踏まえて考えることを必要とする。したがって地域活性化の目標は、地域らしさを念頭に経済的豊かさをも含んだ総体的な地域の「力」を高めることを目指すこととするべきである。
 昨今語られる地域活性化は、奇抜なアイディアをいかに地域において実現するかにばかり焦点が置かれることが多い。あるいは、これまでになかったものを地域にいかに投入するかにばかり目を向けられることが多い。そういう仕方そのものは悪いものではない。地域の中で大いに活躍したらよい。地域には活力があるべきだ。しかしながら、前提にあるべき地域の内在的な良さを活かすことが念頭になけれぱ、それらは地域活性化ではなく、地域の改造ないし作り替えになりかねない。地域活性化において奇抜なアイディアは、本来の地域の良さを表現するために用いられるべきである。地域にこれまでなかったものは、その地域らしさを支えるために投入されるべきである。
 なぜ地域活性化であるべきか。なぜ地域の改造や作り替えではいけないか。その答えは社会的動物としての人間本性にある。この見地を初めて表したのは偉大なるアリストテレスであるが、彼によれば人間は、家族の中に生まれ、それと同時に地域社会の中に生まれる。多くの人との関わりのなかで、人は人間に成る。よき地域社会は、人の秩序感覚や徳性を育む。社会性を育み、人間を人間たらしめるのである。それぞれの人間にはその人間本性に合った人間らしき姿というものがあり、永きに渡る多くの人間の営みによって出来上がった地域社会は、そこに住まう様々な人間の本性や特性に適した形に成熟した。それゆえ地域社会には人間を教化する機能があるのだ。これを誰かの手で恣意的に変えてしまえば、人間の営みのなかで歪みが生まれ、機能不全を起こす。したがって地域ではその本来的な良さを引き出すための活性化が行われるべきであって、改造や作り替えを行うことを目指してはならないのである。
 地域社会は人間の生活の基盤であることを忘れてはならない。地域をつくるということは、人間が人間らしく生きる場をつくることであることを忘れてはならない。
(文責:遠藤司)

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