福島原子力発電所事故が発生して一年半が経過した。言うまでもなくエネルギーの安定確保は国家の最重要課題の一つである。にもかかわらず、これほどの時間が経過してもなお政府方針は定まっていない。あるのは知を蔑ろにした決めつけと、曖昧で無責任な推測ばかりである。その結果、我が国では電力供給、より広く言えばそれによって支えられる産業政策全般において、異常な状態が続いている。
 これまでに政府の実施してきたことを検証するのも重要なことだが、まずはこの国において何が「異常」なのかを整理し、共有しておきたい。

 【1桁台の電力供給予備率】
 今夏、関西電力の大飯原子力発電所を除き、国内の全ての原子力発電所が停止状態にあった。その結果、関西電力管内・九州電力管内の電力使用量は、供給力の90%を超える日を複数回経験した。つまり、電力供給の余力(電力供給予備率)が10%を下回っていたことになる。
 これは先進国では異例と言ってよい数値である。先進国の標準的な電力供給予備率は15%程度である。15%前後あれば何らかのトラブルが起きても、ある程度は賄えると考えられる数字だからだ。この数字を過剰と見る向きもあるが、大規模停電で発生する損失の大きさを考慮すれば決して過剰ではない。事は人の生死すら左右するほどのリスクマネジメントの問題である。
 驚くべきことは、大飯原子力発電所の再稼働を巡り、供給予備率±0%との試算を見て「足りるではないか」と言ってのけた行政の人間が何人もいたことだ。机上で算盤を弾けばその通りになると考えている役人らは、この機に現実を知った方が良い。実際に関西電力も九州電力も火力発電所のトラブルにより、想定外の供給力低下に見舞われている。
  電力の供給不安の慢性化、常態化によって、日本経済の衰退が進んでいることを再確認しておく必要がある。

 【毎年3兆円の貿易赤字】
 原子力発電の停止により天然ガスの輸入量が膨れ、貿易赤字が続いている。それも数兆円に上る規模だ。日々の生活でこれを実感しないのは、各電力会社が、これまで非常時の備えとして蓄えてきた資金を吐き出しているからだ。電力会社の資産は急速に目減りしている。電力各社が「音を上げる」のも「値を上げる」のも時間の問題だ。電気料金が値上がりすれば、企業の日本離れが加速することは間違いない。

 【垂れ流し状態の機密情報】
 東京電力の事故を受け、電力業界全体としての情報開示の姿勢が甘いとの論調が繰り返されてきた。事故が発生して以来、マスメディアは「知る権利」なるものを振りかざし、原子力に関わるメーカーの技術や機密情報のみならず、電力送電網の脆弱性に関わる情報までも洗いざらい電力会社に開示するよう凄んだ。送電網の脆弱性などの情報は、はっきり言ってテロリストの最も欲しがる類の情報の一つである。日本はマスメディアにより、防衛上最も狙われたくない脆弱スポットを晒さざるを得なくなったのだ。このような状況に政府も有識者も誰一人異論を挟まなかったのは、末期的に鈍感であると言わざるを得ない。

 【福島復興のスピード感のなさ】
 福島からの避難を余儀なくされている方々を、もともと住んでいた地域に帰すための政府の活動が圧倒的に鈍い。政府がはっきりとした対策を採り、指針を出し、そして迅速に除染を進めていれば、双葉郡富岡町などはとっくに帰還できるエリアになっていたはずだ。
 我々は、昨年4月の段階において既に除染の必要性を考え、検討し、具体策も挙げていたが、実際に政府が除染を口にするようになったのは昨年秋以降のことだった。複雑な問題が絡み合っていることは理解するが、政府のスピード感覚は我々のそれより半年以上遅い。国民の生活を何だと思っているのかと、憤りを感じずにはいられない。

 【放射線・放射性物質に関する誤った知識の蔓延】
 放射性物質の人体に与える影響について各所で議論がなされているが、相変わらず誤った情報や知識を広めようとする「専門家」が後を絶たない。
 はっきり言えることは、事故の起きる前から人間は様々な放射線を発する物質の中で生活してきたということだ。大理石然り、ラジウム温泉然り、飛行機による移動然り、である。また、食物にも一定量のカリウムが含まれている。それらは体内に蓄積するものである。かねて人間は放射性物質とともに生活してきたし、常に体内に取り込んできたのだ。それにもかかわらず「食品はゼロベクレルであるべきだ」とか「検出限界未満は危険だ」などと、およそ愚にもつかない言論が闊歩している。不安は人間を暗闇に放り込む。国民の不安は、無知無策な政府、名を上げたい専門家を名乗る人たち、そして恣意的な報道を繰り返すマスメディアによって、不必要に掻き立てられてきたのである。

 【原子力放棄による影響に関する認識不足の中で行われた討論型世論調査】
 政府は今夏、討論型世論調査といった耳障りの良い手法を用いて世論の推移を見極めようとした。しかし、これはあまりに準備不十分な中で行われ、また電力関係者を意図的に排除するなど、非民主的な仕方で行われたものである。全うな議論がなされたものとは認め難い。
 最大の問題は、我が国が原子力を放棄した際の影響範囲の認識が不十分であることだ。分かりやすい例を用いて説明しよう。
 発電に使用した原子力燃料は再処理というリサイクルを行うことが可能だ。電力各社は「国家のエネルギー政策に従い」、「電力各社共同出資にて」再処理工場を青森県に建設した。これには数兆円の規模の投資がなされている。永続的に原子力を使用し、再処理を継続することが前提のものだ。もし民意が2030年までに原子力比率0%を求めるなら、再処理工場は意味をなさなくなり
、電力各社の投資は回収できなくなる。電力各社の経営は成り立たなくなるのだ。少なくとも東京電力の債務超過は確定的だ。
 影響は再処理工場建設費用の回収だけに止まらない。ひとたび放射性物質を扱った工場を廃止するには、原子炉の廃炉と同様、非常に長い年月と費用をかける必要がある。しかし、もはや電力会社にその余力はない。処分ができなければ、廃棄物だけが地上に残る。誰が面倒を見るのか。電力会社が資金を捻出できない以上、国策として進めてきた責任を国家が負わざるを得ないだろう。すなわち、大規模な国民負担が発生するのだ。討論型世論調査では電気料金の上昇の可能性については触れられているが、再処理工場の後始末には触れられていない。このように政府の無知無策は具体的に取り上げることが出来る。ともあれ電気料金高騰に加えての税金負担である。国民も企業も、到底耐えられるはずがない。
 加えて先に触れたように、東京電力は債務超過となる。そうなれば、福島事故の支払い義務すら履行できなくなる。さらに東京電力は、福島県の廃炉費用の捻出能力も失うことになる。日本中、処理できない原子力廃棄物で溢れかえることになるのだ。
 このように、討論型世論調査は原子力比率をゼロにした際の影響を完全には捉えきれていない中での取り組みだったと言える。廃棄物などは厳然と存在するものであるし、実際には産業の流出など不確かさを伴う予測もある。認識が十分だったとは言えない。

 以上、6つの点を指摘した。原子力を選択するか否かは我々国民が行うべきだというのは確かにそうであろう。しかしそうであるならば、正しい知識と認識に基づいた選択でなければならない。また、いま選択を誤れば日本の復興は遠のくどころか、永遠に復興できない可能性すらある。
 エネルギー政策は国家の屋台骨である。断じて安易な感情論で議論されてはならない。
(文責:遠藤司)

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