敵を知り、己を知れば百戦危うからずとは孫子の言葉であるが、企業や個人が戦う際にはまずは自己の市場における姿や位置づけを知ること、競合の市場における姿や位置づけを知ることが肝要である。一般にここで出てくる分析ツールがSWOTであるが、このツールは自社ないし他社の強み・弱み、外部環境の変化による機会・脅威を簡潔にまとめられる便利なツールである。このツールの簡易さ、便利さによってSWOTはいまや企業分析において最も頻繁に使われるツールの一つとなったが、あまりに簡潔にみえるこのツールの特性によって、逆にこのツールに対する深い理解を得る機会を失う羽目になった。SWOT分析の強みとみえる「簡易さと便利さ」は、同時に弱みでもあるのである。
 簡易にみえるこのツールは、実のところ正しく利用しようとなると非常に難解なものである。簡易なのはツールの立て付けのみであって、実用は難しいと言い換えてもよい。それというのも、まずもってこのツールは整理するには見やすく判りやすいものではあるが、何を以て自社の強み、弱みとするのか、または何を以て機会と脅威とするのかを説いてはいない。つまり、それらを正確かつ客観的に捉えようとしても、かなりの部分を主観と恣意的な判断に左右されてしまうのである。例えば、あるプロダクトを販売している企業があり、その製品は市場のほとんどのシェアを握っているとしよう。その企業の強みは、多くの者の捉えるところでは、業界ナンバーワンの商品を持っていることとされるだろう。しかし一方で、業界ナンバーワンのプロダクトを持っているあまり、その製品に頼り切ってしまい、別の製品分野への進出を疎かにしてしまっているという弱みを持っているかもしれない。また、そのプロダクトの価値に代わる価値をもった何かが市場に出現したとき、その現象はその企業にとっての脅威と捉えられよう。しかしながら、もしかしたらテクノロジーベースでみれば、その市場の台頭は自社にとっての最大の機会とも成り得るかもしれない。事実、私はそのような企業を知っている。このように、何を以て強み・弱みとするか、何を機会・脅威と捉えるかは、捉えようによってどうとでもなるのである。もっと言えば、すべての変化はビジネスにおいては機会となりうるし、弱みと思われていた要素は、見方を変えれば強みに転化するのである。表層的な部分で自社の立ち位置を決め込んでしまうことは、自社のビジネスの領域を狭め、自社の成長と発展を止めてしまうことにも繋がりかねないのである。
 なぜこのようなことが起こるのか。それは第一に、何のためにSWOT分析を用いるのかを決めていないことに、第二に、分析を可能とするだけの知性を持ち得ていないことに要因がある。新規事業を創出する際にSWOT分析を用いるなどという愚行を目にすることが少なくないが、少なくともSWOTは事前に、何を行うつもりかを設定しておかなければ用いることが出来ない。少し考えれば判ることだろう、例えばスポーツにおいて、マラソンを行うときの強み・弱みと、レスリングを行うときの強み・弱みが同じはずがない。前者においては痩せた体や持久力が強みとなるが、後者においてはそれらは強みではないどころか、弱みとなるときもある。まず目標や目的があって、次に分析が始まるのである。その目標や目的は、スポーツの分野などという大きな枠組みではなく、どのスポーツか、さらにはどの役割を担うのかまで決定ないし仮定しておかなければならない。SWOT分析からは新たな事業は生まれないのである。しかし、たとえ予め目標や目的を決めていたとしても、なおSWOT分析を用いることはお勧めできない。なぜならば、分析とは高度に知的な活動であるが、一般レベルでは、そのレベルに達するだけの知性を持ち得ていないことが常だからである。自社の強み・弱みを分析し、形に落とし込むには、まずもって自社の隅々までを理解しておかなければならず、次に客観的な評価を下すだけの信頼できる指標を持ち得ていなければならない。どちらも膨大な情報と知見を必要とするものであるが、さらにこの情報や知見を整理するだけのノウハウが必要となる。外部環境分析も同様であって、例えば昨今の自動車のIT化傾向は、もともとそれに携わってきた企業にとっては機会のように思われるが、一般に知れ渡っているその傾向は新たな競合の参入をもたらし、競争過多を生むかもしれない。あるいはまた、その「傾向」なるものは、自社のビジョンや実際に行ってきたこれまでの取り組みとは結びつかず、自社の参入するドメインを消滅させてしまうものであるかもしれない。結果、明確に機会・脅威を判断するには、その現象がどのように推移していくのかを理解し解釈できるだけの専門性が必要となる。これだけの知性を以て初めて、SWOT分析は効力を発揮するのである。言い換えれば、百戦危うからぬ企業となるためには、難解なSWOT分析すらも使いこなすだけのプロフェッショナルにならなければならないのである。
 経営学はハウ・ツーのようなものとして用いられることが多々あるが、そうした安直な姿勢が自社を衰退させていることに、経営者は気づかなければならない。簡易にみえるものはほとんどの場合、真なるものではないのである。
(文責:遠藤司)

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