プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)という手法がある。これは経営資源をプロダクト毎に最適配分するために、あるプロダクトの現在の市場におけるシェアを横軸に置き、その市場の成長性を縦軸に置くことで、各プロダクトのビジネス的位置づけを図表化するものでとしてボストン・コンサルティング・グループが提唱したものである。これによってそれぞれのプロダクトは、市場成長性もシェアも高いものを「花形商品」、市場成長性が低くシェアが高いものを「金のなる木」、市場成長性が高くシェアが低い者を「問題児」、どちらも低いものを「負け犬」として4つの象限に分類される。どのプロダクトに対して経営資源を集中ないし最適配分すべきかを簡潔に整理できる便利なツールであるが、SWOTで述べたのと同様、この簡易なツールも使い方、あるいは使う者によっては大きな問題を生み出す。事によればこのツールは、未来を視ることを忘れてしまうツールなのである。PPMのフォーカスはあくまでも経営資源の最適配分である。経営資源のうち配分可能なものであるヒト、モノ、カネをどこにどの程度配分するかの判断基準となるこのツールの視るところの「市場」は、既存市場のみである。新たな市場の台頭の可能性を見るには別の視点が必要となるし、もっと言えば企業の存在目的である顧客の創造を行うべく自らが新たな市場を創出するとなれば、既存市場のみを視ることは自らのビジネス成長の可能性を失わせることにつながるのである。ほとんどの事業会社は市場の成長性を眺めるにおいてリサーチ機関などから市場予測データを購入し、それを以て事業採算性を分析している。このアプローチはマーケティングの視点からは全く正しい。しかしイノベーションの観点からは必ずしも正しくない。イノベーションは市場そのものを新たに創ることであって、例えばiPadという全く新たなコンセプトは既存の市場予測データには現れてこないのである。
 そうはいってもPPMは便利なツールである。人も企業も、過去から継承してきた、いま置かれている状況を理解することなくしては、次のステージに進むことは出来ない。問題はPPMにあるのではなく、それを扱う者の作法にあるのである。このツールの唯一の欠点は、各象限におけるプロダクトの呼び名、ないしはレッテルであろう。確かに彼らは(ある意図を込めてここでは「彼ら」と呼ぶが)既存市場における「花形」であり、一方での「問題児」や「負け犬」であろう。しかし彼ら「問題児」や「負け犬」は、あくまでもその市場における「問題児」や「負け犬」に過ぎないのである。市場を変えれば、あるいは市場を別の視点で見れば、いま「負け犬」である彼らは、全く負け犬ではないかもしれない。もし彼らが「負け犬」であるとすれば、それはマネジメントが彼らをそうさせているのである。マネジメントの最終手段は事業からの撤退であるが、それは多くの場合、そのプロダクトないし事業を支えたテクノロジーを棄て去ることを意味する。しかし過去から知的資産たるテクノロジーを継承してきた彼らは、そのテクノロジーを用いて別の「何か」が出来たかもしれない。イノベーションの種子たるテクノロジーを持っていた彼らは、新たな事業を興すことが出来たかもしれないのである。彼ら「負け犬」はみじめったらしく鎖につながれ、外の世界へ走り出すことが出来なかった。彼らは生まれながらにして「負け犬」たる宿命を負っていたのではなく、「負け犬」にさせられていたのである。
 ところで「負け犬」たる彼らが「花形」に明確に勝るものがある。それは「負け犬」たる彼らの立場である。通常「花形」は花形であるために、その事業を安定的に運営していかなければならない。屋台骨がしっかりしていなければ家は傾いてしまう。そのため彼らは、既存の市場の枠組に対して破壊的であるイノベーションを興すことに消極的になりやすい。一方で「負け犬」は、負け犬でありたくない限りは何とかして現状を打破しようとするものである。負け犬と呼ばれないために牙を研ぐ限りにおいて彼らは、既存市場を脱することで自らを現状よりも高みに持ち上げることが出来るとなれば、それを選択することだろう。したがってイノベーションを興すための動機づけという観点からすれば、「負け犬」は「花形」よりも強みを持っていることになる。「負け犬」は転じてイノベーターとなりやすいのである。
 しかしながら彼らがそうなるためには一つの条件がある。それは彼らが負け犬らしく卑屈になってしまわないことである。実のところ、個人をしてイノベーションにドライブを駆けさせるための要素としては、パーソナリティよりも役割期待の方が重要である。したがってマネジメント層は、決して彼らを負け犬として扱ってはならない。むしろ彼らを、自社の未来を創造する一員とみなし、イノベーターと呼ぶべきである。人は、技術は、仕向けてやれば走り出し、未来を創造する可能性となるのである。
(文責:遠藤司)

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