2011年3月11日、我が国は震災によって大きな被害を受けた。大津波は多くの日本国民の命を奪うとともに、福島原発を破壊することで国民を不安に陥れた。かつて夢のエネルギー源とみなされていたもの、それがゆえにこれまで普及してきたものは、「想定外」の出来事のおかげでその権威を失おうとしていた。世界に冠たる我が国の原発は、いまや稼働すら許されない状況にまで追いやられている。しかし原発の緩やかでない停止は、我が国における電力のコストを急激に上げ、我が国の経済を圧迫した。今に至るまでの大きな流れを無視した人間の恣意的な施策は、社会に混乱をもたらすことを証明したのである。
 救われたのは当時の民主党政権である。菅直人を首相とし、国内的にも外交的にも支持を失おうとしていたその政権は、一大事への緊急対応によって命を延ばした。しかし不幸なことに、彼らには政策立案能力がなかった。行き当たりばったりで思いつきの対応策しか考えることが出来なかったのだ。よい政策は知を蔑ろにしては生まれないのである。さらに不幸なことには、彼らには行動力があった。行動力は善をなすことを保証しない。それは悪をなすことにも同等に力を与えるのである。事故対応に終われる現場に門外漢であるはずの首相が乗り込んだときの衝撃や、ヘリコプターでわずかばかりの水を巻いたあの心許なさは、今でも我々の脳裏に焼き付いている。リーダーシップとは冷静さを失うことではないのだ。長らく続いた自民党政権に失望感を抱いていた当時の国民が「やらせてみよう」とのスローガンを信じ、やけっぱちの行動に出てしまったことは、我が国に大きな損失をもたらすことになったのである。しかしながら、あの頃の民主党は政権能力があるふりをしていたし、自身らもそのように過信していた。国民はその被害者であったことを忘れてはならない。意図してか否かはともかくとして、加害者は、民主党、マスメディア、私利私欲に駆られ彼らを称揚した者、独善的な正義あるいは思想にどっぷりとはまり込んだ社会的に影響力ある者たちである。
 あれからもう三年が経とうとしている。人間にとっての三年間というのは、その人の本性までは変えないとしても、性格や意識を変えてしまうには十分な時間である。除染は徐々に進められてはいるものの、避難所はいまだ残ったままである。政権が変わり、ようやく抜本的な対策がなされようとしているが、三年間で国民の間にこびりついたイメージは、論理性を覆い隠し、知を曇らせ、為さねばならないことを為させないことに成功している。つまり、「いま」何を行わなければならないか、「将来」どうしていかなければならないか、「いつまでに」「何を」しなければならないか、「どのように」すればそれを行うことができるかという、政策を立案する者にとっては当たり前の原理を取り払うことに成功しているのである。そして、あるべき姿と行うべき施策の後ろにある知的な要素、例えば現時点でのテクノロジーの進展状況を含む我々がいま持っている知識、また将来持つことが高く期待される知識、つまりそのように言える根拠に対し、広く目を向ける視点を忘れさせることに成功しているのである。
 いまこそ過去から継承した様々な知識、すなわち価値を、いかに未来に発展させていくかを考えなければならない。そのために、いまなすべきことを明確化し、かつてあった力を我が国に取り戻すために、行動を起こさなければならない。まずはエネルギーインフラの復活と、未来に向けた発展である。
(文責:遠藤司)

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